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2007年09月28日

creative

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この真っ赤なキャンドル、ヨーロッパを旅行して教会や聖堂に訪れた人には、お馴染みだと思います。
ほとんどのヨーロッパの寺院に設置されたろうそくを建てるコーナーの横で2ユーロ(だったかな?)くらいで
売られています。日本でお寺などへ参拝したときのお線香のシステムと同じです。
この赤色はケースの色で、炎の光を通してとても美しく発光します。
また日本のろうそくと比べサイズがかなり大きく、また長時間灯るので、
僕はよく一つや二つ日本に持ち帰り、部屋や、キャンプなどのときの明かりに使います。

この世に夜が存在する限り、我々の生活に明かりは必要不可欠です。
どういうわけか夜に家でぼーっと電球を眺めていると、それが「ろうそくの進化した物体」という意識から、
やがて電気のなかった時代の現実の生活を妄想してしまいます。
同じように街で車が走っているのをみると、それは馬車の発展系、
ほんとうに馬車や荷車ばかりだったころはどんな風景だったのかなー、と妄想。
河原町通が馬車だらけで、青山通りに荷車や牛車。
携帯を使っていると、原始時代には石を叩いたり、火をおこして煙で位置を知らせたりしながらの通信。
そんなふうに身の回りのいろんなものの出所とその時代を、
幼稚なわかりやすーいレベルでビジュアライズ、妄想するクセがある気がする。

、、、でもパソコンだけはそんな風に過去のなにか事象、事物に置き換えられない。
なぜか。
たぶんパソコンだけは他のいろんな物質とは少し性質が違って、
ついには人の脳内そのもの的な構造に近づこう!とする、ひとつの
結晶体なのかもしれません。
ですから外的な物理的な由来や歴史感がなくて、
なんというか、脳そのものが外に露出してしまっているかんじ。
むき出しの脳がデスクに置かれているようなそんなすこしグロテスクな
妄想をしてしまいます。。。
脳内の置き換え、、無論それは全くもって不可能だし、現に不完全なのですが。

人はまるで自らを神のごとく全てを創造したがるのだなーと思う時があります。
人類の発展の歴史は全知全能の神への欲求とその終わらない(破滅するまで)プロセス、
という一言で収まってしまうのかな。
そうでなければいいのだけれど。

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(写真、文、  森 崇)

私の写真ページ
http://www.flickr.com/photos/19462128@N00/

投稿者 robopitcher : 2007年09月28日 14:07

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