「ロボピッチャーが出来るまで」   第三章(後編)

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ロボピッチャーが出来るまで 第三章(前編)
 

 森さんについて 後編

 テラコンセブンを出て、森さんの経営するスタジオboscoに着くとそこは日本とは思えない異空間だった。非日常どころの騒ぎじゃない。ヨーロピアンテイストではなく、ヨーロッパそのものだった。石造りの瀟洒な外観。立体的に折り重なり、主張しすぎない庭園。細部までこだわり抜かれたアイテムの数々。むう、ヨーロッパを表現するボキャブラリーがあまりに貧困であまり上手に説明できないけれど、とにかくどこからともなくアコーディオンの物悲しい調べが聞こえてきそうなほどヨーロピアンだったってことだ。和の美学はここにはなく、冷徹なまでに徹底的にヨーロッパだった。
 
  で、いきなりもうなんかちょっとびびり気味で入っていくと、森さんが出てきて「やあ」とか言った。
  僕も負けずと「はあ」とか言ったが、挨拶に勝ち負けがあるとしたら完全に負けていた。二文字で言うと「完敗」だった。動物界の生態系の中で喰うものと喰われるものがあると噂で聞いていたが、どうやら僕は食われる側だった。
  まあ、それでも、寺島さんとともにマスタリングという作業が行われた。
  何度も言っているように僕はそんなにきめ細かい耳を持っているわけじゃないので、マスタリングにはそんなに口を出さない。今だってほとんど出さない。ただ、このときはボーカルの声が割れていて、寺島さんがミックスの時に「大丈夫、これはマスタリングで直すから」といっていたので、「ボーカルの声の割れだけ直してください」といったらもりさんに「そんなこと出来るわけないやん」って言われた。寺島さんが隣で「てへっ」って感じで笑ったが、さすがにむかついた。よくよく考えれば録音の時点で割れていた音がマスタリングで直るわけがねえ。
  というわけで、僕の人生初音源は見事にボーカルの声が割れまくっているという作品になった。しかもわざと割れた感じにしてるんじゃなくて、ボーカルの声が大きくなったときに明らかに割れた。このあといろんな人にこのハラッパカラッパの音源を聴かせたけれど感想の6割は「ボーカルが割れてるねえ」だった。泣きそうだった。

 ま、とにかく、マスタリングは順調(?)に進んでいた。寺島さんと森さんが「うーんこの曲の音はちょっとアルバムの整合性を乱してるなあ」とか「聴感上のレベルが少し高い気がするから、ちょっと下げておこっか」みたいなワードがだらだらと流れ、いかにもマスタリングが終わりそうな雰囲気になっていた。
  僕はもう打ちひしがれ、大体ちょっと音がこもっている音源とか、少しボーカルが聞き取りづらい音源なら聞いたことあるけど、ボーカルが声を張ったときに割れるってそれ素人以下過ぎるだろう、と思っていた。それくらい思ってもいいだろう。一年かけて作ってきた音源が割れちゃってるんだから。ちぇっ。
  それともう一方で僕はハラッパカラッパの音源を森さんがどう思っているのかがものすごく気になっていた。今日の裏テーマは「森さんをバンドに誘う」ってことだから、森さんが僕の音楽を気に入ってくれないと話にならないわけです。
「ねえ森さん僕とバンドしましょう」って誘っても。
「ははっ!君が?俺と?」とかいう流れになっちゃうともう音楽生命に致命的なダメージなわけです。
  しかし、「ところで森さんこの音源どう思いますか?」とか聞けないんですよ。そんな真ん中高めのストレート投げられないんです。仕方がないので僕は外に逃げていくスライダーを投げることにしました。
「いやあ、この音源うちのお客さん気に入ってくれるかなあ・・・」ちらりと横目で森さんを見ながら言ってみたのですが、完璧な沈黙です。耳たぶあたりが「さあ、それは俺は知らんけど」って言っているように見えました。仕方がありません、もうちょっと内よりのボールを投げます。
「曲はねえ、いいと思うんですけどねえ・・・」
  なぜか森さんがくすりと笑ったような気がしました。見透かされているのか?この俺の微妙な心の動きも彼の前ではお見通しなのか。しかたない。もう後には引けない。
「この音源いろんなところに送ろうかと思うんですけど、どう思いますか?森さん」
  ここでやっと森さんは僕の目をチラッとだけ見てくれました。そしてこういったのです。僕ははっきりと覚えています。
「ああ、いいんじゃないですか。ある一定レベルにはあると思うし」
  うおー!微妙な評価ー!
”ある一定レベル”かよ!もっと絶賛してくれないと俺の中の愛されたがりのチワワが納得しねえよ。
 
  その後のことはあんまり憶えてなくって、確か寺島さんと森さんと僕の三人で焼肉を食べに行って、なぜか三人でバンドをやることになった。結局僕の最初のもくろみはあっさりと達成されたのだけど、「ある一定レベル」という言葉が耳に焼け付くように残ってしかたなかった。まあいいんだけど。しょうがないんだけど。
  バンドをやろうっていう話は多分寺島さんががんばって森さんに言ってくれたように思う。僕ももちろん「森さんとバンドがやりたいです」とかいったんだけど、その時の自分の言葉には少しも重みと勢いがなかったから、多分寺島効果だ。
  しかし、そのバンドはその後3ヶ月くらい動くことはなかった。森さんもずいぶん忙しい時期だったようだし、僕の当時のバンドハラッパカラッパも、音源を持って沖縄から東京まで飛び回り、うなるほどCDを売っていた。びっくりするくらいCDは売れた。ライブでしか売らなかったけれど、CDを売ったお金でもっといい録音機材を買ってしかも面メンバーみんなで温泉旅行に行けるくらい儲かった。なんであんなに売れたんだろう。今から思うと謎だ。
  ハラッパカラッパマスタリングから3ヶ月ほどたってから、森さんから連絡があり「時間が出来たので例のバンドの話動かしましょう」といわれた。僕はもはや例のバンドの話は社交辞令だったのだとすら思っていたので、この連絡にはかなりびっくりした。
  さあ、では三人でバンドをやろうという話になって僕が書いた曲が「つぎ見る雲が一番きれい」と「ただの救い」っていう曲だ。そのほかにも3曲くらい書いて、そのいずれも形を変えて今のロボピッチャーの曲に反映されている。「ただの救い」はまだロボピッチャーではやっていないけど、よくありちゃんが「この曲が好きだからやりたい」といってくれる。ちょっとコードが難しくて、うちのバンドのギタリストにはうまく弾きこなせないみたいだ。練習するように言っておきます。

 たぶん、そんな風に二曲くらいレコーディングしようよ、っていう話になって、3人で2回くらい会ったときにハラッパカラッパが解散した。
  解散したその日に僕はありちゃんに電話して「新しいバンドを作ろうよ」というオファーを出し、即答で快諾され、ドラマー候補として真っ先に上がったのが森さんだった。
「じゃあ森さんに電話してみるよ」といってありちゃんとの電話を切った後、僕は迷わず電話をかけた。寺島さんに。
「もしもし」
「あ、寺島さん?俺」
「おー!どうした」
「いや、前から言ってたと思うけど結局ハラッパカラッパが解散することになったよ」

「・・・。そっか。まあしょうがないわな。メンバーの温度にあれだけ差があったらしんどいと思うわ」
「うん。で、もう次のバンドを作ろうと思ってるんやけど」
「まあ、お前はすぐに動かなあかんやろな。バンドがしたくてバンドを解散したんやから」
「そうなんよね。で、ありちゃんとバンドやることにした」
「おー、有田はなんて言ってた?」
「やるって」
「そうか。よかったやん」
「うん。でドラムを森さんにやってもらおうって話になってん」
「えー?たかし?大丈夫か?」
「やっぱむずかしいかな」
「いや、気に入ったらやると思うけど、理由がないとバンドはやらん奴やで。なんとなく楽しそうやからって音楽をやる奴ちゃうで」
「そうやねん。でも俺も次のバンドはぐっと本気でやるつもりやねん。どーんと打って出るねん」
「その感じを伝えられたらやる可能性はあるかな」
「そっか・・・」
「おお。」
「・・・」
「なんや?」
「寺島さんから言ってもらった方がいいかな」
「あほ!そんなわけあるか!お前が言え!」
「わかった。あ、で、そういうわけやから、ちょっとこのバンドを必死でやると思うし前から進めてた崇さんと寺島さんと俺の3人バンドはひとまず凍結したい」
「おーおーえーよ。まあまたやろう」
「うん。ありがと。じゃね」といって僕は電話を切った。もちろん、寺島さんとはそれ以降バンドなんてやってない。スタジオに入ったこともないし、一緒に曲を作ったこともない。あの時あの3人のバンドをもう少し続けていたらどうなったんだろうと時々思う。僕はどんな曲を作ったんだろう。

  寺島さんとの電話を切って僕はお風呂に入った。
  何を言うべきかを考えなくてはならない。僕はどういうつもりで音楽をやっていくのか。どういう理由でバンドを解散したのか、それからなぜ森さんとやりたいのか。

  お風呂を出て森さんに電話した。
「もしもし加藤です」
  すごく緊張していた。声が震えているのが自分でもわかった。
「あー森です」
「お元気ですか?」
「ん?何?元気やで」
「はい。えーっと、実はちょっとお願いがあって電話したんですけど」
「うん?」
「バンドやらないですか?僕と?」
  しーん。沈黙が流れる。そして一言。
「やってるやん」
  あ、そうか。あのトリオバンドのことか。しまった。違うそれじゃなくって。
「ハラッパカラッパが解散しちゃったんで、もっともっと本気でどんどんやっていくバンドを作りたくって、それで、そのドラムを森さんに頼みたくって、曲は僕がいっぱい書きますし、森さんはリズムとかトラックとかも作れるし、スタジオもあるし、ちょっと進めてたトリオバンドも面白くなりそうだったしなんかやりたいと思うんですけど・・・」
  しゃべってもしゃべっても言葉が気持ちに追いつかなくて、どんどん別のメッセージになっていくみたいだった。
「うん。なるほどなるほど。わかった」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
  微妙な沈黙。これはいけるのか?わかったって言ってるしな森さん。いけるんだな。肯定だなこれは。
「じゃあやってくれるんですね?」
「いや、それはまだわからん。そんなに早く結論は出せへんよ」
  ああ、やってしまった。先急いでしまった。
「でもありちゃんとは一緒になんかやりたいねっていってたから、やれたら面白いかなあとも思うけど」
  おお、前向きだ!しかし、俺とやりたいとは一切言っていないところがどきどきするぜ。
「じゃあ、まあ、一回3人で会って話しましょうか。ビジョンがまだぜんぜん見えていないし」
「そうやね。ありちゃんには一回会いたかったしじゃあ会いましょう」
  ううう。またありちゃんか。まあいい。とにかく、ありちゃんのおかげで門前払いではなくなった。

 そして僕らはその3日後にありちゃんの部屋で会う。
  3人で長い時間話した。
  僕は必死で森さんにやってくださいといったつもりだったのだけど、後に森さんは「あの時はひどい誘い方だなあと思った」と僕に言った。
  どうやら僕は森さんに「森さんのドラムがどういうドラムがあんまりよくわからないんですけど、スタジオも持ってるし、僕が全然知らない音楽業界のことだって知ってるし、録音も出来るし、なんかそういうトータルでやってもらいたいんです」とかいったらしい。今からバンドにドラムとして誘おうって人に言うせりふではない。
  森さんは「なんてことを言う人だ、この人は」と少なからずむっとしたらしいけど、逆にそれで興味も持ったので、もうちょっとだけ一緒にやろうと思った、と言っていた。
 
  結局僕らはそのミーティングの数日後にBOSCOでリハーサルをして、それがずいぶんいい感じで、一緒にやっていこうってことになる。
  ドラムと、ベースと、ギターボーカルのトリオバンドである。
  しかし、彼ら三人はまだ気づいていなかった。
  このバンドにはちゃんとリフやメロディーを奏でる人がいないことを。三人でリズムだけを刻んで、それにメロディーを乗っけて、「うーん。これは可能性はあるね」と思ってた。
  僕ら三人にはこのリハーサルから数日の間にちょっとしたドラマがいくつか起こるのだけど、それはまた次の章で語られると思う。たぶん。



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